
『わたしのいないテーブルで(デフ・ヴォイス)』
(丸山正樹)
ここ最近バタバタと忙しく(長期旅行もあり)なかなか本を読めませんでしたが、中断していたデフ・ヴォイスシリーズ第4弾を読了。
ろう者である娘が母親を刺してしまうという事件。
容疑者である娘は何も語ろうとしない。
その背景にはどんな事実があったのか?
今回は様々な”孤独”が描かれていました。
家族の中でのろう者の疎外感。
母親を刺してしまった娘の強い疎外感が傷害事件の真相に深く関わっています。
子供の頃から家族の通訳を担っていたコーダ(ろう者の家族の中で自分だけが聴こえる)である主人公が子供の頃に感じた孤独。
立場は逆だが、よく似た疎外感や孤独を知っている主人公が容疑者の彼女の胸のうちに気付いて働きかけ寄り添っていきます。
「ディナーテーブル症候群」
家族の中で自分だけが聴こえない(ろう者)という孤独。疎外感。
どんなに愛されていようとどうしようもない隔たりを感じてしまう。
ろう者に関わらず、家族には会話やコミュニケーションが大切なのは当たり前のことだが、耳が聴こえないことで
“伝えたいけど伝えられない”
“伝えてるけど伝わらない”
それは家族も同じで、
“伝えたいけどうまく伝えられない”
そして、
“手話を使えないから会話が少なくなる”
という悪循環に陥ることも事実。
家族でテーブルを囲んでいても、家族のテーブルにわたしはいるのに、そこにわたしはいない。
「会話なんてない」
「家ではひとりぼっち」
「家族であって家族じゃなかったみたい」
健常者では当たり前の他愛のない会話が成り立たない。
好きなこと、友だちの話、恋愛の話など、
本当は一緒に話したいという思いは親の子も思いは同じなのに。
今作はコロナ禍による人と人とのコミュニケーションが困難な、誰にとってもつらい孤独感も重ねながら話が進んでいきます。
人とのコミュニケーションが希薄になる昨今、コロナ禍により誰もが考えさせられた状況でした。
人との関わりは決して楽しいことばかりではないけれど、それ以上に大切なことがある、ということから目を逸らしてはいけない。
自分に寄り添って欲しいなら、まず自分が誰かに寄り添う。
待つのではなく動く。
そこから人との関係は動き出すものだと私は考えます。
今の私にできることは何か、目を逸らさずに改めて考えていきたいと思います。
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